大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 平成7年(行ケ)3号 判決

原告

高松高等検察庁検察官検事

天野惠太

井村立美

被告

田中幸尚

右訴訟代理人弁護士

岩渕正紀

村本道夫

加藤義樹

植木修一

主文

一  平成七年四月九日施行の愛媛県議会議員一般選挙における被告の当選は、これを無効とする。

二  被告は、この判決が確定した時から五年間、松山市選挙区において行われる愛媛県議会議員選挙において、公職の候補者となり、又は公職の候補者であることができない。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、平成七年四月九日施行の愛媛県議会議員一般選挙(以下「本件選挙」という。)に同年三月三一日松山市選挙区から立候補して当選し、同年四月一三日愛媛県選挙管理委員会からその旨告示され、現在、愛媛県議会議員として在職中である。

2  N(以下「N」という。)、H(以下「H」という。)及びT(以下「T」といい、右三名を「Nら三名」という。)は、後記(一)ないし(三)記載のとおり、被告と意思を通じて組織により行われる選挙運動において、その選挙運動の計画の立案若しくは調整又は選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督その他の選挙運動の管理を行った者で、いずれも公職選挙法(平成六年法律第一〇五号による改正後の公職選挙法。以下、単に「法」という。)二五一条の三第一項にいう「組織的選挙運動管理者等」に該当する。

(一) (組織による選挙運動)

(1) 被告は、松山市高浜町の北西海上にある興居島に生まれ、現住する。

興居島は、その隣の釣島とともに、松山市に属し、由良地区、鷲ケ巣地区及び北浦地区の三地区が由良町を構成し、泊地区、船越地区、御手洗地区及び釣島地区の四地区が泊町を構成し、門田地区及び馬磯地区の二地区が門田町を構成する。その各地区に自治会組織である「町内会」があり、各町内会に会長その他の役員がいる。被告及びNら三名は、いずれも由良地区の住民である。

(2) 田中幸尚興居島地区後援会(以下「興居島地区後援会」という。)は、平成三年四月に施行された愛媛県議会議員選挙に際し、Nら三名が中核となり、被告を当選させる目的の下に結成された。興居島地区後援会には、会長及び幹事長の役職が設けられ、会長にNが、幹事長にHが就任し、後援会事務所は被告の肩書住所地に設置された。興居島地区後援会の組織内組織として各地区に設置された後援会(以下、単に「各地区後援会」という。)にも、会長、副会長、顧問等の役職が設けられ、由良地区後援会長にはTが就任した。平成三年四月施行の愛媛県議会議員選挙における被告の得票数は、立候補者中第一位(以下「トップ当選」という。)であった。

(3) 興居島地区後援会は、平成三年四月施行の愛媛県議会議員選挙終了後は活動を休止していたが、平成六年一二月ころから、本件選挙での被告のトップ当選を目指して後援活動を開始した。すなわち、同月八日、被告のひざもとの由良地区後援会長であったTが由良地区後援会役員会を招集し、NやHも出席した。右役員会で、本件選挙でも被告を応援することが決定され、Tが由良地区後援会長に、Hが由良地区後援会幹事長に、Nが由良地区後援会顧問にそれぞれ推されて就任した。そうして、Nら三名を中心に、本件選挙での興居島地区後援会の被告の応援活動の方針等について協議がなされ、同月一五日に由良地区町内会長Tを含む各地区町内会長九名が出席する各町連絡協議会役員会が開催された際、その出席者の間で、本件選挙においても被告を全島的に応援すること、各地区の町内会長がその各地区の後援会長となって各地区後援会を起動させること及び興居島地区後援会の会計を担当する幹事長にHを指名することが決定された。この決定に基づき、各地区後援会が活動を始め、Nは、平成七年二月七日、前回に続けて興居島地区後援会長に推されて就任した。そうして、Nら三名が中心となり、本件選挙に備えて、興居島地区後援会の活動が開始された。その各地区後援会の中では、殊に由良地区後援会が本件選挙のための中核的な集票組織として、選挙運動を推進した。

(4) 右選挙運動の主たるものは、集票目的での後援会名簿への有権者の署名集めと、各地区での被告を励ます会(以下、単に「励ます会」という。)及び決起集会の開催等である。Nら三名は、平成七年一月中旬ころ及び同年二月上旬ころの二回、被告を前回同様トップ当選させるための選挙運動の方針を話し合って、その意思を相通じ、H及びTにおいて、平成七年二月上旬ころに御手洗地区、門田地区、鷲ケ巣地区、船越地区、泊地区、北浦地区及び馬磯地区の各後援会長に、同月一〇日ころ及び同月二四日ころに釣島地区の後援会長に、同年三月上旬ころに御手洗地区、門田地区、鷲ケ巣地区、船越地区、北浦地区及び馬磯地区の各後援会長に、同月上旬ころ及び同月二五日ころに泊地区後援会長に、同月二三日ころに釣島地区後援会長に、現金(合計一三二万円)、清酒(合計四七本)及び後援会名簿用紙を配り、後援会員に後援会名簿への署名集めを行わせ、Nにおいては、被告を迎えて各地区で行った励ます会などで興居島地区後援会長の肩書で応援するあいさつを行うなどし、役割を分担し、相互に利用し合い、協力し合って、組織による選挙運動を行った。

(二) (意思の疎通)

(1) Nは、平成三年四月の愛媛県議会議員選挙では被告の興居島地区後援会長として中心になって積極的に被告を応援するなど、被告と親密な関係にあった者で、興居島地区後援会が被告の当選のため集票活動をすることについて、平素から相互に了解し合っており、本件選挙についても、右了解の下、平成六年一二月に由良地区後援会を起動させ、平成七年一月六日の松山市本町五丁目二番地二〇所在の田中幸尚後援会本部事務所(以下「本部事務所」という。)の事務所開きに出席し、その際、被告から、本件選挙でも興居島地区後援会の事務所(以下「島事務所」という。)として被告の由良町の自宅を使うようにとの申出を受け、また、そこに興居島地区後援会用の電話三台を増設することを告げられた上、被告のトップ当選獲得のためいっそうの活動をすることを要請され、これを受諾して、被告と意思を相通じた。

(2) H及びTは、いずれも被告とは従前から密接な関係にあり、被告の選挙の応援をしてきた者で、平成七年一月六日に開催された本部事務所の事務所開きにNとともに出席した際、被告から、それぞれ前記(1)のNに対すると同じ要請を受け、これを受諾して、被告と意思を相通じた。

(三) (Nら三名の行為)

(1) Nは、興居島地区後援会の会長として、平成七年二月七日開催の北浦地区での励ます会、同月二二日開催の鷲ケ巣地区での励ます会、同年三月二三日の由良地区及び泊地区での各決起集会、同月三一日の興居島での出陣式等の興居島地区後援会が行う各種行事計画及び後援会名簿への有権者の署名集めの実施計画等の選挙運動の立案・調整や、本部事務所における選挙運動との調整を行ったほか、後援会員の島事務所の当番表をH及びTとともに作成して、その当番を実行させるなど、興居島地区における選挙運動の陣頭指揮をとって、被告のトップ当選を目指し、その選挙運動にさい配を振るった。

(2) Hは、興居島地区後援会の金庫番的な役割を受け持つ幹事長として、資金面を統括し、中心メンバーとして活動し、Tは、由良地区後援会長として、由良地区後援会を統括するのみならず、興居島地区後援会の中心メンバーとして活動した。すなわち、H及びTは、Nと共同して、平成六年一二月八日に開催された由良地区後援会に集まった由良地区後援会役員らをして、各人が一体となって組織的な集票活動をするなどして被告を応援する旨の決議をさせ、同月一五日には、各町連絡協議会役員会において全島を挙げて被告を応援する旨の決定をさせて、被告の後援会名簿への署名集めを推進し、励ます会等の各種会合の開催及び日程調整を協議するなど、選挙運動の計画の立案・調整に関与し、また、Nとともに後援会員の島事務所の当番表を作成して、その当番を実行させるなど、興居島地区後援会の中心となって、被告のトップ当選を目指し、その選挙運動を推進した。

3  しかるところ、N、H及びTは、本件選挙に際し、被告に当選を得させる目的で、共謀の上、いまだ被告の立候補届出のない平成七年二月上旬ころから同年三月二五日ころまでの間、前後一八回にわたり、いずれも松山市由良町、泊町及び門田町において、松山市選挙区の選挙人であり、各地区後援会長等である森索ほか七名に対し、被告のため投票及び投票取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬等として、現金合計一三二万円及び清酒四七本(時価合計八万八八三〇円)を供与し、もって、それぞれ法二二一条一項一号、二三九条一項一号、一二九条の罪を犯したものとして、同年七月一九日、松山地方裁判所において、禁錮以上の刑に当たる「懲役二年(執行猶予四年)」に処せられ、右裁判(以下「本件刑事裁判」という。)は、同年八月三日確定した。

4  よって、原告は、法二一一条一項に基づき、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。もっとも、その(一)の(1)の事実は認める。

(否認の理由)

(一) 「組織による選挙運動」について

人の集まりが「組織」に該当するといえるためには、その集団の内部で統一的な意思が形成されるとともに、指揮命令系統が備わっていることが必要と解すべきところ、原告が組織であると主張する興居島地区後援会及び各地区後援会は、いずれも右要件を備えておらず、組織としての実体を有しない。本件選挙で被告の選挙運動を応援していたのは、被告の家族及びボランティアの「お世話人」と呼ばれる人たち並びに政治団体である幸友政治経済研究会の会員であって、あくまでも組織によらない個人による運動として行われた。本件選挙において、Nが興居島地区後援会長の、Tが由良地区後援会長の名称を使用したことはあったものの、これは活動の便宜のためであって、名称に対応する実体が存在していたわけではなく、被告のための後援会組織は一切存在しない。仮に何らかの実体を伴うものであるとしても、被告のための選挙運動は、興居島地区後援会や各地区後援会によって行われたものではない。

(二) 「意思の疎通」について

被告には、興居島地区後援会や各地区後援会が組織により選挙運動を行うことや、Nら三名がこれらの総括者であることの認識はなかった。

(三) 「組織的選挙運動管理者等」について

Nら三名は、いずれも組織的選挙運動自体を行っていないから、組織的選挙運動管理者等には該当しない。

3  同3の事実は認める。

三  抗弁

1  憲法違反

(一) 憲法一三条違反

特段の合理的な根拠もなく他人の行為によって制裁を受けないというのが近代立法の基本原理であるところ、公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(以下、単に「候補者等」という。)の直接の監督の及びにくい組織的選挙運動管理者等の違反行為によって、当選無効及び五年間の立候補禁止という重大な制裁を科すことは、個人の尊重を定めた憲法一三条に違反する。

(二) 憲法一四条違反

組織的選挙運動管理者等と総括主宰者及び出納責任者とでは、候補者等からの距離に格段の差異があることは周知のことであるのに、両者に全く同一の連座の効果を与えることは、前者に対する効果が相対的に著しく過酷なものとなって、合理的理由の見いだし難い差別的取扱いに該当するというべきであるから、この点において憲法一四条に違反する。

また、被告は、捜査機関から狙い撃ちされたとの感をぬぐいきれないでいる。仮にそうでないとしても、いかに捜査機関が適正な取締りを心がけたとしても、現状における捜査機関の員数的能力、選挙に際して全国で想定される選挙運動員の数や選挙違反の数などを考えると、全国規模で取締りの公平を期することは実際上到底不可能であり、平成六年法律第一〇五号による改正後の法二五一条の三の規定する連座制(以下「新連座制」という。)は、制度自体に差別的取扱いの本質を内包しているから、この点でも憲法一四条に違反する。

(三) 憲法一五条一項、九三条二項違反

候補者等の直接の監督の及びにくい組織的選挙運動管理者等の違反行為によって、当選無効・立候補制限という重大な制裁を科すことは、憲法一五条が保障する国民の選挙権及び被選挙権を侵し、かつ、多数の選挙人の意思に反する結果を生じさせるもので、憲法九三条二項に違反する。

(四) 憲法三一条、三二条違反

法二五一条の三第一項所定の選挙運動管理者等に関する定義規定のうち、「組織」及び「選挙運動の管理を行う者」の文言は、極めて不明確であり、このような不明確な規定の解釈適用によって、候補者等に当選無効・立候補制限という刑罰よりもはるかに過酷な制裁を科すことは、憲法三一条に由来する罪刑法定主義に違反する。

また、候補者等に組織的選挙運動管理者等の刑事裁判手続への関与を一切認めず、その刑事裁判における量刑、すなわち、禁錮以上の量刑の相当性を争うことを認めないで、組織的選挙運動管理者等を禁錮以上の刑に処する裁判の結果、候補者等に当選無効・立候補制限の制裁を科すのは、適正手続保障を定める憲法三一条に違反し、憲法三二条によって保障されている裁判を受ける権利を侵すものである。

2  適用違憲

新連座制は、従来の連座制を抜本的に改正した極めて厳しい内容のものであるから、その適切な運用のためには、その趣旨・内容について周知徹底を図ることが不可欠であったところ、右の法律は、平成六年一一月二五日に公布された後、わずか一か月後の同年一二月二五日に施行されたにもかかわらず、本件選挙に際し、関係機関から、同月一九日に新連座制の概要を説明したチラシが新聞に折り込まれ、同月二七日に全国の県議会議員全員に宛てて同様のパンフレットが郵送され、平成七年三月二一日に同様のチラシが新聞に折り込まれたにすぎず、その周知徹底が不十分であったから、本件に新連座制が適用される限りにおいて、憲法一三条、一四条、一五条一項、三一条、三二条に違反する。

3  「禁錮以上の刑に処せられた」との要件不該当

候補者等は、組織的選挙運動管理者等の違反行為に係る刑事裁判の確定により、当選無効・立候補制限という極めて重大な不利益を受けるのに、候補者等には右刑事裁判手続に関与し、弁明する機会が与えられておらず、他方で、組織的選挙運動管理者等は、執行猶予がつく見通しがつけば、禁錮以上の刑に処せられることを特に不当として争うことは少ないから、候補者等は、当選無効等の訴訟で、右刑事裁判における量刑を争うことができるものと解するのが相当である。そして、法二五一条の三第一項は、ある者が組織的選挙運動管理者等に該当すると評価される時期に犯した買収等の罪のみによって禁錮以上の刑に処せられたときに適用され、組織的選挙運動管理者等と評価できない時期に犯した買収等の罪と合わせて禁錮以上の刑に処せられた場合には、「禁錮以上の刑に処せられた」との要件を充足しないものと解すべきである。ところで、本件において、Nら三名が仮に組織的選挙運動管理者等に該当するとしても、その時期は、早くても平成七年三月下旬以降であるから、本件刑事裁判における公訴事実のうち、同月二三日ころと、同月二五日ころの二件のみが法二五一条の三第一項に該当するにすぎないので、Nら三名は、いずれも罰金刑に処せられるのを相当とする。仮に、Nら三名が公訴事実のすべてにつき組織的選挙運動管理者等に該当するとしても、その回数や金額に照らすと、罰金刑を相当とする。したがって、Nら三名が「禁錮以上の刑に処せられた」との要件は充足しない。

4  相当の注意を怠らなかったことによる免責

(一) 新連座制は、候補者等の選挙運動全般にわたる選挙浄化に対する責任を問うものであるから、法二五一条の三第二項三号の免責事由としての「相当の注意」とは、具体的な状況の下で、候補者等が当選無効・立候補制限という重大な制裁を受けるのは酷であるといえる程度に選挙違反行為の防止のために努力を尽くしたことが認められれば足りるというべきである。

(二) 被告は、これまでの選挙において、平素から、支持者や選挙民に接する都度、公正な選挙の実現を強調し、くれぐれも違反をしないよう注意してきた。本件選挙に関しても、被告は、具体的な内容の詳細までは知らなかったものの、連座制が強化されたことを知っていたので、支援者にその旨を話して選挙違反をすることのないようくれぐれも注意し、また、本部事務所での選挙運動に関するミーティングでも、被告あるいは事務長の松下誠幸が選挙違反をしないように注意したほか、連座制の強化を意識して、出納責任者及び事務長の名称で選挙活動の責任ある立場に就く者には、誠実な人物を選任したばかりでなく、税理士の資格を有し、金銭の収支に厳格な長女田中久美を出納責任者の補佐につけて、出納事務の一層の適正を期するよう努め、さらに、各地区の励ます会や決起集会等において、酒食の提供を一切禁止し、その場所の選定にも意を用いるなど、いやしくも誤解を招くことのないよう細心の注意を払っていたことはもとより、N、H及びTに対しても、本部事務所の事務所開きの際や北浦地区及び鷲ケ巣地区の励ます会などで、法律が改正されて連座制が厳しくなったのでくれぐれも選挙違反をしないよう注意をしていた。他方、興居島で被告を支援してくれた人々は、事実上被告の監督下にはなく、独自の判断で活動しているため、被告としても、その動向を把握できる立場にはなかったから、今回の買収事犯も察知できなかった。加えて、連座制の強化についての周知徹底が前記2のとおり不十分であったことも併せ考慮されるべきである。

(三) 以上の事実を総合すると、被告は、悪質な選挙犯罪を防止するため、「相当の注意」を果たしたと判断されるべきである。

四  抗弁に対する認否

いずれも否認し、又は争う。

理由

一  請求原因1(本件選挙及び被告の当選)及び同3(本件刑事裁判の確定)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因2の(一)ないし(三)について順次判断する。

1  その(一)(組織による選挙運動)について

(一)  被告が松山市高浜町の北西海上にある興居島に生まれ、現住すること、興居島がその隣の釣島とともに松山市に属し、由良地区、鷲ケ巣地区及び北浦地区の三地区が由良町を構成し、泊地区、船越地区、御手洗地区及び釣島地区の四地区が泊町を構成し、門田地区及び馬磯地区の二地区が門田町を構成すること、その各地区に自治会組織である「町内会」があり、各町内会に会長その他の役員がいること、被告及びNら三名がいずれも由良地区の住民であることは、当事者間に争いがない。

(二)  証拠(甲七〜九、一一、一三〜一七、三三、六九、七二、七五、七九、八〇〜八二、八六、認定事実中又は末尾に括弧書きの証拠)によれば、次の事実を認めることができる。

(1)前記(一)の各地区の位置関係及び有権者数(平成七年三月三〇日当時)は、別紙図面に記載のとおりである(以下、特に断らない限り、釣島を含めて「興居島」という。)。(乙C三、証人田中久美)

(2) 被告は、昭和四九年四月施行及び昭和五三年四月施行の松山市議会議員選挙に立候補していずれも当選し、松山市選挙区から、昭和五四年四月施行及び昭和五八年四月施行の愛媛県議会議員選挙に立候補していずれも当選し、昭和六二年四月施行の松山市長選挙に立候補したが、落選し、平成三年四月施行の愛媛県議会議員選挙に松山市選挙区から立候補して当選した。以上の当選したいずれの選挙においても、トップ当選であった。

被告は、昭和五五年ころから松山市三番町所在のホテル「シャトーテル松山」の一室を借りて「田中幸尚事務所」を開設し、そこで市民からの相談や陳情を受けた。昭和五六年七月には、そこを本部とし、同市内の企業や個人を会員とする、被告の政治活動の後援等を目的とした「幸友政治経済研究会」が設立され、政治資金規制法に基づく政治団体としての届出もされた。なお、被告は、昭和六二年四月施行の松山市長選挙のときから、松山市道後で借りているマンションに、選挙の行われる前年の暮れころから家族とともに住み、松山市の市街地を中心に選挙運動に取り組んで、選挙終了後に興居島の自宅に戻る生活をするようになった。(甲一二二、乙A二二、証人田中久美、被告本人)

(3) Nは、かつては、他の市議会議員の選挙を応援していた関係で、被告と親しい関係でなかったが、昭和五九年から平成元年まで由良地区町内会長及び興居島の各町連絡協議会長を務めた際、陳情等を通じ被告と懇意な間柄になり、平成三年四月施行の愛媛県議会議員選挙で被告のために興居島地区後援会長を務めるようになった(乙A一一)。

Tは、被告の小学生時代の恩師であり、平成二年以降由良地区町内会長を務めている。Tは、平成三年四月施行の愛媛県議会議員選挙では、被告のために由良地区後援会長を務めた(乙A一三)。

Hは、被告と幼なじみで、家族ぐるみで付き合う間柄であり、被告が昭和四九年四月施行の松山市議会議員選挙に立候補した当初から、被告を熱心に応援し、平成三年四月施行の愛媛県議会議員選挙では、被告のために興居島地区後援会の幹事長を務めた。なお、TとHは、縁せき関係があり、親しく交際している(乙A一五)。

(4) 被告は、昭和六二年四月施行の松山市長選挙のとき以降、前記(2)のとおり、選挙の行われる前年の暮れから選挙が終了するまで興居島の自宅を離れて松山市道後のマンションに住み、松山市の市街地を中心に選挙運動に取り組み、興居島での選挙運動に関しては、被告の熱心な支援者のH、池本豊(本件選挙では、北浦地区後援会長)、山岡博昭(本件選挙では、鷲ケ巣地区後援会長)及び島矢謙(本件選挙では、鷲ケ巣地区会計)らの幼なじみや同級生にほとんど任せきりにしており、興居島で行われる出陣式の当日と投票日前日あたりに興居島に街頭宣伝活動に赴き、興居島で開催される励ます会や決起集会(以下、特に断らない限り、出陣式、励ます会、決起集会とも、興居島で行われるものを指す。)に出席するほか、興居島に出向くことはなかった。(乙A六、A一五、A二二、被告本人)

(5) 平成三年四月施行の愛媛県議会議員選挙に際し、Nら三名は、興居島と陸地部との架橋問題など興居島の抱える諸問題を解決するには全島を挙げて被告を応援して当選させ、被告に行政当局と興居島住民とのパイプ役を担ってもらう必要があると考え、被告のために興居島の各地区に後援会を作ることとし、各町内会長に働きかけた。その結果、各町内会長は、各地区ごとの後援会長に就任することを了承し(Tは、由良地区後援会長に就任した。)、各地区の後援会に副会長や顧問等の役職を設け、地区住民にその役職を割り当てた。由良地区においては、約七〇名が役員に割り当てられた。そうして、Nは、興居島地区後援会の会長に、Hは、その幹事長にそれぞれ推されて就任した。(証人H、同T(第一回))

(6) 右の平成三年四月施行の愛媛県議会議員選挙で興居島地区後援会によってなされた選挙運動の主たるものは、島外の親せきや知人、友人に対する田中幸尚後援会名簿(以下「後援会名簿」という。)への署名の働きかけと、出陣式や励ます会、決起集会の開催及びこれら集会の出席者の動員などであった。そして、右選挙で、被告の由良町の自宅が興居島における選挙運動の事務所として使用され、そこに詰める各地区ごとの当番が決められて実行された。なお、右選挙運動期間中、島事務所には陣中見舞として現金や清酒などが届けられ、現金は、Hが管理した。その現金の額は、当選祝い金を合わせると、一八〇万円を超えていた。ところで、右選挙で、Hは、右の陣中見舞金等から後日精算する意図の下に、手元の金から約百四、五十万円を立て替え、そのうち約八〇万円を各地区の有権者への配付を依頼して各地区の後援会長らに配り、残り約六、七十万円を有権者に対する飲食代金等として支出し、後日、陣中見舞金及び当選祝い金で精算した。(乙A七、A一五、証人H)

(三)  証拠(甲六〜二〇、二二、二四、二六、二八、三〇、三一、三三、三五、三七、六六、六七、六九、七二、七三、七五、七九、八〇〜八二、八五、八六、認定事実中又は末尾に括弧書きの証拠)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 平成六年、Tは、被告が本件選挙にも立候補する意思があることを聞き、被告を応援することをHと相談した上、同年一一月二四日、由良地区の町内会の役員や婦人会の役員約十数人を招集し、平成三年四月施行の愛媛県議会議員選挙後活動を休止していた由良地区後援会を起動させる協議をし、本件選挙で地区を挙げて被告を応援するには多くの住民に役員を引き受けてもらうのがよいとの考えから、副会長、会計、常任理事、理事、顧問等の名目で、できるだけ多くの地区住民に後援会の役員になってもらうことなどを協議し、本件選挙に対応する由良地区後援会役員の原案を作成した。

右協議に基づき、同年一二月八日、Tが中心となって、由良地区住民のうち、N及びHを含む被告の熱心な支援者約七〇名を由良集会所に集め、本件選挙に係る第一回目の由良地区後援会役員会を開催し、前記原案に沿って、Tが後援会長に、Hが幹事長に、Nが顧問にそれぞれ就任したほか、出席者のほぼ全員が役員に就任した。その席で、Nは、被告を応援することが興居島のためになるなどと話し、島内外の親せきや友人、知人に働きかけて被告の票を取りまとめるなどの選挙運動の方針が話し合われた。(乙A一三、証人T(第一回)、同H)

(2) 平成六年一二月一五日、松山市役所興居島支所で、各町連絡協議会の役員会が開催されたが、それに出席したTを含む各地区町内会長九名の間で、本件選挙で被告を応援し、平成三年四月施行の前回の愛媛県議会議員選挙後活動を休止していた興居島地区後援会及び各地区後援会を起動させることが話し合われた。(甲九〇、九六。この認定に反する証人T、同池本豊及び同山岡博昭の各供述、乙A七〜一〇、A一三、A一四、A二〇、A二一の1及びA二三〜三一の各陳述書の記載は、前掲の甲八、一六、一七、二八、三五、五九、八六、九〇、九六に照らし、採用することができない。)

(3) 被告は、本件選挙に備え、平成六年一二月中旬ころ、家族とともに興居島の自宅を離れ、松山市道後のマンションで起居する生活をした(乙A二二)。平成七年一月六日(以下、(20)項まで「平成七年」の記載を省略し、月日だけを記載する。)、松山市本町所在の本部事務所で本件選挙に係る本部事務所の事務所開きの行事が催され、Nら三名は、興居島の各地区町内会の会長や役員ら約二〇名とともに、これに出席した。その際、被告は、Nら三名に対し、本件選挙に立候補予定とみられる候補者の名前を告げた上、興居島の被告の自宅を興居島の後援会による選挙運動のための事務所(島事務所)として使用するよう申し入れ、同所に電話三台を増設するつもりであることを伝えた。

(4) 一月一四日、由良集会所で、由良地区及び北浦地区の住民による町内会の定期総会が開催されたが、Tは、その開会のあいさつで、被告の応援を呼びかけ、被告は、本件選挙に出馬することを表明して、支援を訴えた。

(5) Nら三名は、被告のそれまで三回の愛媛県議会議員選挙でのトップ当選の実績から、落選する懸念は抱かなかったが、本件選挙では、農協をバックにした有力新人候補が立候補すると聞き及んでいたため、被告がトップ当選できるか否かについては不安を抱き、トップ当選できるか否かによって当選後の県議会での被告の地位や発言力などに影響があると考えた(甲七六)。そこで、Nら三名は、一月中旬ころ、Nの自宅で、被告をトップ当選させるための方策を話し合った。Nら三名は、従前、票集めの足代くらいは出してほしいとの支援者からの声があったことから、支援者に親せきや知人、友人を頼っての島外での票集めを積極的にしてもらうために、各地区後援会長を介して足代名目の現金を配り、合わせて清酒や後援会名簿用紙を配って、投票の取りまとめ等を依頼することとし、各地区に配る現金額や清酒の本数、後援会名簿用紙の枚数を協議した。その結果、現金の額及び清酒の本数については、各地区ごとの有権者数に応じて地区により差を付けることとし、分配はHとTが担当し、足の悪いNは、島内外での励ます会や決起集会、出陣式等でのあいさつ等を主に担当することになった。その際、Nら三名は、あわせて、励ます会等の日程や、各地区の後援会員の島事務所の当番等についても協議した。なお、右後援会名簿用紙には、本件選挙に四選を目指して立候補する予定なので熱き支援を賜るようにとの被告のあいさつ文及び被告の略歴が印刷され、これに続いて、紹介者の住所・氏名欄及び一〇名分の住所・氏名・捺印欄が設けられている。

そこで、Hは、そのころ、本部事務所から、清酒七〇本と後援会名簿用紙が五枚入った封筒約三〇〇通を持ち帰った。また、そのころ、Hは、興居島地区後援会による後援会名簿の署名集め中、島内の有権者の署名と島外の有権者の署名とを区別して整理するのが有効であると考え、本部事務所に依頼して、後援会名簿に押捺する「島内」と「島外」のゴム印を作成してもらい、島事務所に持参される名簿を島内分と島外分とに分けて集計し、その結果を本部事務所に報告することにした。(証人H)

(6) 一月二〇日ころ、池本豊を中心とする北浦地区の被告の熱心な支援者が集まって、本件選挙に対応して北浦地区後援会を起動させ、その役員を決め、池本豊が北浦地区後援会長に就任した(証人池本豊)。同月末日ころ、山岡博昭を中心とする鷲ケ巣地区の被告の熱心な支援者四、五名が集まって、本件選挙に対応して鷲ケ巣地区後援会を起動させ、その役員を決め、山岡博昭が鷲ケ巣地区の後援会長に、池田勝英が副会長に、島矢謙が会計に就任するなどした(甲五九、証人山岡博昭)。

(7) その後、ミカン農家の多い興居島で、伊予柑の選別作業などが峠を越えて出荷のめどがついたところから、Nは、二月上旬ころ(ただし、(8)・(9)との前後関係は、本件全証拠によるも、明らかではない。)、TとHを自宅に呼び、各地区後援会長に対する現金、清酒及び有権者の署名集めのための後援会名簿用紙の交付を実行することを決め、選挙情勢についても話し合った。

そこで、Hは、本件選挙に関して島事務所に届けられるであろう陣中見舞金及び当選祝い金の中から後日精算を受ける意図で、とりあえず手元の金の中から七七万円を立て替えて配分することとし、由良地区分として現金二〇万円と清酒一〇本をTに渡したほか、HとTにおいて、そのころ、御手洗地区後援会長に三万円及び清酒三本、門田地区後援会長に一〇万円及び清酒五本、鷲ケ巣地区後援会長に一〇万円及び清酒五本、船越地区後援会長に三万円及び清酒三本、泊地区後援会長に二〇万円及び清酒一〇本、北浦地区後援会長に五万円及び清酒五本、馬磯地区後援会長に三万円及び清酒三本を配り、釣島地区後援会長に同月一〇日ころ清酒三本、同月二四日ころ三万円を配るとともに、合わせて後援会名簿用紙を交付して、後援会名簿への有権者の署名集め等を依頼した(甲七八)。

(8) 二月七日に松山市役所興居島支所で興居島の各町連絡協議会総会が開催されたが、その総会後の懇親会に出席したNは、小林道彦(泊地区後援会長)や谷田秀雄(門田地区後援会長)らの要請を受け、前回に続けて本件選挙でも興居島地区後援会長に就任することを承諾し、Hに補佐役として幹事長になってもらうことにし、翌日、その同意を得た。

(9) 二月八日、北浦集会所で北浦地区における励ます会が開催され、被告及びNら三名が出席した。その励ます会では、北浦地区後援会長池本豊があいさつした後、約四〇名の出席者を前にして、Nが興居島地区後援会長として被告の応援を呼びかけ、Tも同様のあいさつをした後、被告が支援を訴えるあいさつをした。なお、被告は、Nから、同日、Nが興居島地区後援会長に就任したことを聞かされた。(甲五六、乙A二二、被告本人)

(10) 二月二二日、鷲ケ巣地区における励ます会が開催され、被告、N及びHが出席した。その励ます会では、鷲ケ巣地区後援会長の山岡博昭があいさつをした後、約七〇名の出席者を前にして、Nが興居島地区後援会長として被告の応援を呼びかけ、被告が支援を訴えるあいさつをした。(甲六〇)

(11) Nは、二月下旬ころ、島外での被告の後援会名簿の署名の集まりが悪いとの話を聞いていたところ、三月六日に本部事務所に後援会名簿を持参した際、出納責任者の木村正志から同様の話を聞いたため、本件選挙で被告がトップ当選できるか危機感を抱き、同月八日、Hのほか、Tを含む各地区後援会の正副会長ら約二三名を集めた。そこで、Nは、興居島地区後援会員による島外での署名集めの活動を強化するよう申し入れ、本部事務所と連絡を取って日程を決めていた同月一三日の島事務所の事務所開きの件を伝え、同日以降、島事務所の電話で後援会名簿に署名した島外の有権者への投票依頼や、本部事務所との連絡に当たる当番のため、各地区ごとに割り当てる日に島事務所に二、三名の当番を出すよう依頼するとともに、その割当てについてはNら三名に任せてもらうことの了解をとった。このほか、右の会合では、由良地区と泊地区で被告を招いて総決起集会を開くこと、本件選挙の告示日である同月三一日には被告を招いて興居島でも出陣式をすることなども話し合われ、その日程は、Nが本部事務所と連絡を取って調整の上決定した。

(12) 三月九日、Nら三名は、同月一三日から投票日前日までの島事務所の当番表を作成した。なお、その当番表で、同月末までは、午後六時半から午後九時半までが当番の詰める時間帯となっており、四月一日以降は、午前八時から午後六時半まで(各地区割当て)と、それ以降午後九時半まで(由良地区のみが担当)の二斑に分けられ、各地区ごとに当番日を決めて、当番日には、当該地区から二、三名程度の当番を出して担当するものとされた。(乙C七)

(13) 三月上旬ころ、Nら三名は、Nの自宅で、被告をトップ当選させるための対策を練り直し、各地区後援会長に現金及び清酒を追加して配分することを決めた。そこで、Hは、前同様に、陣中見舞金等から後日精算する意図の下に、とりあえず手元の金の中から立て替えて、同月上旬ころ、由良地区分として現金二〇万円及び清酒一〇本をTに渡したほか、御手洗地区後援会長に五万円、門田地区後援会長に一〇万円、鷲ケ巣地区後援会長に一〇万円、船越地区後援会長に五万円、北浦地区後援会長に一〇万円、馬磯地区後援会長に五万円、泊地区後援会長に二〇万円及び清酒一〇本を配り、同月二三日ころ、釣島地区後援会長に五万円を配るとともに、合わせて後援会名簿の用紙を交付して、有権者の署名集め等を依頼した。

(14) 三月一三日、興居島の被告の自宅に設けられた島事務所で、Nら三名も出席し、本件選挙に係る島事務所開きの行事が催された。同日以降、前記(12)の当番表に従って、各地区から当番が島事務所に詰め、増設された三本の電話を利用して、本部事務所との連絡や、後援会名簿に署名をした島外の有権者に対する投票依頼をするなどした。N及びTは、頻繁に島事務所に出入りし、Hに至ってはほぼ毎日のように同事務所に出ていた。なお、右電話の設置工事代金及び電話代は、被告が負担した。(乙C七)

(15) 三月一四日、Tの招集により、由良集会所で由良地区後援会役員会が開催されたが、NとTは、集まった約二〇名の役員に対し、決起集会への人集め、島外の署名集め、出陣式の人集め等の活動に力を入れるよう依頼した。

(16) 三月一五日、Nは、同月三一日に予定していた興居島での出陣式当日の昼食の炊出しを由良地区の婦人会が行うよう由良地区婦人会長の山内チヨ子に依頼するとともに、出陣式当日に船越地区の和気比売神社で神事を行えるよう同神社の宮司に依頼した。

(17) 三月二三日、Tが本部事務所と日程を調整し、泊公民館と由良集会所で、決起集会が開催され、泊公民館での決起集会で、約一六〇名の参加者の前で、Nが興居島地区後援会長として被告への応援を要請し、小林道彦が泊地区後援会長として同様のあいさつをした後、被告が支援を訴えるあいさつをし、由良集会所での決起集会では、約二六〇名の参加者の前で、Tが由良地区後援会長としてあいさつをし、Nは、興居島地区後援会長として被告への応援を要請し、被告も支援を訴えるあいさつをした。そして、右両会場では、後援会名簿用紙が配布された(甲八三)。同月二五日、Hは、泊地区後援会長小林道彦に対し、右の泊公民館での決起集会で参加者に供した菓子やジュース代等として五万円を支払い、Tに対しても、由良地区決起集会で参加者に供した菓子やジュース代等として、別途八万円を交付した。

(18) 三月三一日の本件選挙の告示日、本部事務所前での出陣式に興居島から参加する人のため、フェリーの乗船券及び電車の乗車券が支給されたが、由良地区では、Tの呼びかけに応じて由良地区から参加する人のために、由良地区後援会会計の花岡運が電車の乗車券を購入して支給した(甲八四)。その出陣式で、本部事務所の後援会長としてあいさつに立った庭瀬鞆一に続いて、Nは、興居島地区後援会長として司会者から紹介され、被告を応援するあいさつをした。その後、興居島からの参加者と被告は、船越地区の和気比売神社で神事を行い、最寄りの公園で興居島での被告の出陣式を行った。その際、約二四〇名の参加者の前で、Nは、興居島地区後援会長として被告を応援するあいさつをし、被告が支援を訴えた。その後、被告は、島内の各地区を街頭宣伝車で回って支援を訴え、離島した。

なお、右出陣式以降、毎日、本部事務所に詰める選挙運動員らのために、約四、五〇食分の昼食が興居島から差し入れられた(甲八四)。

(19) 被告は、四月九日の投票日の前日、興居島を訪れ、島内の各地区で街頭宣伝活動を行って支援を訴えた。その日程調整は、Nが行った。被告は、島内での街頭宣伝活動後、市街地に戻り、松山市駅前で行われた総決起大会に出席したが、それに同行したNは、興居島地区後援会長として紹介されて被告の応援演説を行った。

(20) 本件選挙において、島事務所に届けられた陣中見舞金の合計額は、四月一〇日の時点で約一五四万八〇〇〇円に上り、Hがこれを本部事務所に届け出ることなく、興居島地区後援会独自の活動資金として管理していた。その金員は、Hが本件刑事裁判に係る選挙違反で四月一〇日に逮捕されたことに伴い、同人の妻から捜査機関に任意提出されたが、後に還付されている。(甲一一三)

(21) なお、各地区後援会長は、Hから前記(7)・(13)のとおり分配された金員を各地区の役員を中心とした支援者に被告への投票取りまとめ及び投票依頼の趣旨で交付したり、励ます会等の出席者に出す菓子やジュース代、その他会合後の懇親会費用や本部事務所への陣中見舞として費消するなどした。(甲五六、五七、六〇〜六四)

以上のとおり認められる。前示の(5)・(7)の認定に反し、Nら三名及び被告は、①Nが平成七年一月中旬及び同年二月上旬の協議には加わっておらず、一回目の現金等の配分には関与していない旨、②平成七年一月六日の本部事務所の事務所開きの際、被告がNら三名に対し興居島の被告の自宅を島事務所として使用することや電話を三台増設することを伝えたことはない旨、その各証人尋問及び本人尋問の中で供述し、これに沿う内容の陳述書(乙A一一〜一五、A二〇、A二二)を提出するけれども、Nら三名は、①については、身柄拘束を受けた当初から一貫して、Nが当初の協議に関与していたことを認めており(甲九三〜九六、一〇三〜一〇八)、また、②については、いずれも検察官に対する供述調書で具体的に供述しているところであって、これら捜査段階での供述調書中には、一部事実と相違する部分や不正確な部分が存するほか、調書相互の間で若干の変遷や食い違いが見られるものの、その供述の任意性はもとより、信用性についても特に疑問を投げかける事情は見当たらず、さらに、Nら三名は、いずれも保釈後の本件刑事裁判の公判廷でも、公訴事実を全面的に認めており(甲七五、八〇、弁論の全趣旨)、前記のNら三名及び被告の各供述並びに各陳述書の記載をたやすく採用することができず、他に前示(5)・(7)の認定を妨げるに足りる証拠はない。

(四)  そこで、以上認定の事実に基づいて検討する。

法二五一条の三の規定は、選挙運動の大半が、何らかの組織、就中、その選挙運動を行うことについて候補者等と意思を通じた組織により行われるのが実態であるところから、かかる組織による選挙運動については、候補者等に対し、これを自らの手で徹底的に浄化するための厳しい責任を負わせて、腐敗選挙の一掃を図る目的で設けられたものであり、候補者等がこの選挙浄化責任を果たさなかった場合は、当選無効及び立候補制限という制裁を科す趣旨に出たものと解される。そして、その反面として、候補者等にかかる責任を問うのが適切でない場合、すなわち、当該選挙違反がおとりや寝返りによる場合、又は当該選挙違反につき相当な注意を怠らなかった場合には、右制裁を科さないで免責することにしたものである。以上の観点に立って考えると、法二五一条の三第一項にいう「組織」とは、特定の候補者等を当選させる目的の下に、複数の人が、役割を分担し、相互の力を利用し合い、協力し合って活動する実態をもった人の集合体及びその連合体をいうと解すべきである。なお、組織には、通常は、何らかの指揮命令系統が存在する場合が多いと考えられるが、ピラミッド型ではなく、水平的に役割を分担する場合には、指揮命令系統が存在しなくても、選挙運動を遂行し得る「組織」が形成されることがあり得ると考えられる。

これを本件についてみると、前記(二)・(三)の認定事実中、特に、以下の事実が注目される。①被告は、昭和六二年四月施行の松山市長選挙のとき以降、選挙の行われる前年の暮れから選挙が終了するまで興居島の自宅を離れて道後のマンションに住み、松山市の市街地を中心に選挙運動に取り組み、興居島での選挙運動に関しては、興居島の被告の熱心な支援者に任せきりにしていた。②平成三年四月施行の愛媛県議会議員選挙に際し、興居島地区後援会及び各地区後援会が結成され、その後援会による被告の選挙の応援がなされたが、その後援会は、右選挙後活動を休止した。③Nら三名は、本件選挙に備えて、平成六年一一月下旬以降、興居島における従前からの被告の支援者に呼びかけ、平成三年四月の前回の選挙後休止していた興居島地区後援会及び各地区後援会を起動させ、その後援会の組織の中で、Nら三名その他の支援者各自の役割分担を決め、Nは興居島地区後援会長に、Hは興居島地区後援会幹事長に、Tは由良地区後援会長に就任した。④興居島地区後援会は、本件選挙で被告をトップ当選させる目的の下に、投票日前日まで、Nら三名及び各地区後援会長を中心に、各地区ごとの励ます会や決起集会、興居島独自の出陣式などを企画し、これら集会に出席した多数の地区住民に被告が支援を訴えたり、島内及び島外で後援会名簿への有権者の署名集めをし、その署名者に電話で被告に対する投票依頼をする選挙運動を積極的に行ったりした。⑤島事務所(すなわち、興居島地区後援会事務所)は、興居島の被告の自宅に設けられ、各地区後援会ごとに有権者への投票依頼をする電話番等の当番が割り当てられて実行され、資金面についても、後援会費等の徴収は行われなかったものの、島事務所に届けられた多額の陣中見舞金が出納責任者に届けられず、興居島地区後援会独自の活動資金に充てられた。以上の①ないし⑤の事実に照らせば、興居島地区後援会は、その規約が存在せず、選挙が近づくと活動が始まって、選挙が終わると活動を止め、選挙のない時期には全く活動がなされず、典型的な後援会とは異なるものの、本件選挙の近づいた平成六年終わりころから活動の再開を始めたもので、このような興居島地区後援会が、Nら三名を中核とし、島内の被告の支援者により、本件選挙で被告をトップ当選させることを目的として、互いに役割を分担し、協力し合って活動する実態をもった人の集合体であることは明らかであり、法二五一条の三第一項にいう「組織」に該当するものといえ、本件選挙でその組織による選挙運動が行われたと認められる。

2  請求原因2の(二)(意思の疎通)について

(一)  法二五一条の三第一項所定の「意思を通じ」とは、候補者等と組織の総括者、すなわち、選挙運動全体の具体的・実質的な意思決定を行い得る者との間で、選挙運動が組織により行われることについて、相互に認識をし、了解し合うことを意味すると解するのが相当である。もっとも、候補者等において、その組織の具体的な名称や、具体的な組織の範囲、組織構成、組織の構成員、その組織により行われる選挙運動のあり方、指揮命令系統等の認識までは、必要でないというべきである。

(二)  前記1(三)の認定事実に照らせば、Nら三名が興居島地区後援会の総括者、すなわち、選挙運動全体の具体的・実質的な意思決定を行い得る者であったことを優に推認することができるところ、本件選挙に関し、Nら三名が遅くとも平成六年一月六日の本部事務所での事務所開きの際に、被告から興居島の自宅を選挙運動のための事務所(島事務所)として使用するよう言われて、これを承諾し、被告のために興居島地区後援会の組織を利用して選挙運動を行うことにつき、Nら三名と被告は意思を通じるに至ったと認められる。これに反する被告本人の供述は、たやすく採用することができず、他に右認定を妨げるに足りる証拠はない。

3  請求原因2の(三)(Nら三名の行為)について

Nら三名がいずれも、本件選挙における興居島地区後援会の選挙運動の計画の立案・調整、運動方針の決定、運動員の指揮監督等を行ったことは、前記1(三)で認定したとおりである。

4  そうすると、Nら三名は、いずれも法二五一条の三第一項所定の「組織的選挙運動管理者等」に該当するものといえる。

三  抗弁1(憲法違反)について判断する。

1  憲法一三条、一五条一項、九三条二項違反の主張について

選挙権及び被選挙権並びに立候補の自由は、いずれも憲法の保障する重要な基本的人権であるが、民主主義の根幹をなす公職選挙の公明・適正は、あくまでも厳粛に保持されなければならないところ、法二五一条の三の規定は、このような極めて重要な法益を実現するために定められたものであって、その目的は合理的であり、その目的を達成するため、候補者等に選挙浄化の厳しい責任を負わせ、それが達成できない場合には、組織的選挙運動管理者等が悪質な選挙犯罪を犯して禁錮以上の刑に処せられたことを理由とし、かつ、おとり・寝返りによる場合のほか、候補者等が当該組織における買収等の選挙腐敗行為の発生を防止するために相当な注意を尽くしたときには免責するなどの措置を講じた上で、候補者等の当選を無効とし、その立候補の自由を所定の選挙及び期間に限って制限することは、右の立法目的を達成するために必要かつ合理的なものというべきである。したがって、右規定は、憲法一三条、一五条一項、九三条二項に違反しない。

2  憲法一四条違反の主張について

(一)  被告は、選挙運動の総括主宰者等と組織的選挙運動管理者等とを比較した場合、候補者等からの距離に格段の差異があるのに、両者に同一の連座の効果を与えることが合理的理由のない差別であり、憲法一四条に違反すると主張する。しかしながら、両者に対する連座制は、同じではない。すなわち、前者に係る連座制(以下「従来型連座制」という。)では、選挙結果の公正さの回復という点に主眼があるので、候補者本人が相当の注意を尽くしたか否かにかかわりなく、当選無効・立候補制限という効果が全面的に発生するものとされているだけでなく、当該選挙違反がおとり・寝返りによる場合であっても、立候補制限からの免責が認められるだけで、当選無効については免責とはならない。他方、後者に係る新連座制は、候補者自身に選挙浄化に関する厳しい責任を負わせ、組織的選挙運動管理者等の違反を防止できなかった候補者等の選挙浄化に関する責任を問うという観点に立つものであるから、候補者等と組織的選挙運動管理者等との関係において、選挙浄化に対する責任を候補者等に帰することが妥当でない場合には、候補者等を免責するのが相当であり、法二五一条の三第二項は、①当該違反がおとり・寝返りによるものである場合(一号、二号)、②候補者等が違反を防止するための相当な注意を怠らなかった場合(三号)には、連座制が適用されないものとしている。以上のとおり、両者の免責事由に差異が設けられているのであるから、被告の主張するように、両者に同一の連座の効果を与えることが合理的理由のない差別であり、憲法一四条に違反するものということはできない。

(二)  次に、被告の主張するように捜査機関が被告を狙い撃ちしたことを認むべき証拠はなく、また、新連座制が、制度自体として差別的取扱いの本質を内包しているとの被告の主張は、独自の見解というほかはなく、採用することができない。

3  憲法三一条、三二条違反の主張について

(一)  法二五一条の三第一項所定の「組織」の意義は、前記二1(四)で説示したとおりであるし、「選挙運動の管理を行う者」とは、同項の規定に照らすと、選挙運動の分野を問わず、その前に例示されている「当該選挙運動の計画の立案若しくは調整又は当該選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督」を行う以外の方法、例えば、選挙運動従事者への弁当の手配、車の手配、個人演説会場の確保等を行うなどの方法により選挙運動の管理を行う者を指すと解するのが相当であって、いずれもその概念が不明確であるとはいえない。したがって、罪刑法定主義に違反するとの主張は、その前提を欠き、採用することができない。

(二)  また、適正手続保障に違反し、裁判を受ける権利を侵害するとの主張についても、候補者等に組織的選挙運動管理者等の刑事裁判手続に関与する機会が認められていないことは、被告の主張のとおりであるけれども、法二五一条の三第一項は、組織的選挙運動管理者等の刑事裁判が確定した以上、当選無効等の訴訟においては、同刑事裁判で確定された事実関係及びこれを前提とする量刑の点はもはや争うことができないものとする趣旨に出たものと解するのが相当であって、そのように解しても、憲法三一条及び三二条の規定に違反するものでないというべきである(なお、従来型連座制に関する最高裁昭和三七年三月一四日大法廷判決・民集一六巻三号五三七頁参照)。したがって、右主張も採用することができない。

四  抗弁2(適用違憲)について

法は、平成六年一一月二五日に公布され、同年一二月二五日に施行され(当裁判所に顕著である。)、地方公共団体の議会の議員の選挙については、平成七年三月一日以後その期日を告示される選挙から適用されることとされた(法附則二条)ところ、証拠(甲一一六〜一一八、一二〇、乙D二〜四)によれば、本件選挙に関しては、平成六年一二月一九日に財団法人明るい選挙推進協会により、区割り周知用チラシ(裏面に、連座制が更に強化され、組織的選挙運動管理者等に連座制の対象が拡大された旨及びその定義等が記載されている。乙D二)が新聞(全国紙四紙と愛媛新聞)に折り込まれ、同月二七日には、「連座制強化のあらまし(改正公職選挙法)」と題するパンフレット(組織的選挙運動管理者等の意義を含め、新連座制について詳細に解説したもの。乙D三)が各県議会議員の自宅に一〇部ずつ郵送され、また、平成七年二月一六日には、同一のパンフレットが泊公民館及び由良公民館に対して各二〇冊配布されて、各公民館の窓口に置かれ、さらに、同年三月二一日には、前記財団法人により、連座制が強化された旨のチラシ(組織的選挙運動管理者等に連座制の対象が拡大されたことなどを含む新連座制の概要が記載されたもの。乙D四)が新聞(全国紙五紙と愛媛新聞)に折り込まれ、同月一三日の愛媛県議会議員選挙立候補予定者説明会の資料として組織的選挙運動管理者等に対する連座制拡大の点が記された資料が立候補予定者に交付されるなどしたことを認めることができる。以上認定の事実関係の下において、新連座制に関する周知徹底が不十分であったとまでは認めるに足りないので、法二五一条の三第一項の規定を本件に適用して被告の当選を無効とし、立候補を制限することが、憲法一三条、一四条、一五条一項、三一条、三二条の各規定に違反することはないというべきである。

したがって、右抗弁は理由がない。

五  抗弁3(「禁錮以上の刑に処せられた」との要件不該当)について判断する。

被告は、本件刑事裁判手続におけるNら三名の量刑を本件訴訟で争うことができることを前提として、Nら三名の犯した選挙犯罪は、いずれも罰金刑に相当するにすぎないから、「禁錮以上の刑に処せられた」との要件を充足しない旨主張するが、組織的選挙運動管理者等の選挙犯罪を理由として、法二五一条の三第一項により候補者等の当選を無効とし、立候補を制限するためには、組織的選挙運動管理者等と認められる者が同項に掲げる罪を犯したものとして禁錮以上の刑の処せられたことが証明されれば足りると解するのが相当である(なお、従来型連座制に関する最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一三四頁参照)。そうすると、本件刑事裁判が確定した以上、同裁判で確定された事実関係及びこれを前提とする量刑の点については、もはや争うことができないというべきである。

したがって、右抗弁は理由がない。

六  抗弁4(相当の注意を怠らなかったことによる免責)について判断する。

1  証拠(甲九、一一〜一三、証人池本豊、同T(第一回)、同H、同田中久美、被告本人)によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  平成七年三月一三日に島事務所が開設されて以降、支援者から、陣中見舞の名目で同事務所に清酒や菓子等のほか、多額の現金が届けられ、現金については、Hがこれを管理していたが、その合計額は、同年四月一〇日の時点で、当選祝い金も合わせると、約一五四万八〇〇〇円にも及んでいた。なお、島事務所内には、金額の記載はないものの、陣中見舞をした者の氏名が紙に書いて張り出されており、島事務所を訪れた者は容易にこれを知ることができた。

(二)  本部事務所には、本件選挙に関して約二〇〇件、金額合計約四〇〇万円に及ぶ陣中見舞金が届けられており、被告もこれを知っていた。被告は、島事務所が開設された後、選挙が終わるまでの間は島事務所を訪れることはなかったが、被告の妻は、時折、島事務所(自宅)を訪れており、その際に見聞きした内容を被告に報告していた。この事実によれば、被告の妻はもとより、被告においても、島事務所に、本部事務所に対してなされるのとは別に、多額の陣中見舞金が届けられていることは、十分認識し得たと推認することができる。

(三)  しかるところ、被告は、平成七年一月一五日以降、税理士の資格を有する長女田中久美を本部事務所での出納責任者の補佐につけて、出納事務を担当させたものの、島事務所における陣中見舞金等の金銭の出入りに関しては、その口数、金額、出捐者、使途を含め、Nら三名その他の者から事情を聞いたり、田中久美等にこれらの点を調査させたりすることもなく、なんらの適切な措置を講じなかった。

2  ところで、前記三2(一)のとおり、法二五一条の三の新連座制は、候補者自身に選挙浄化に関する厳しい責任を負わせ、組織的選挙運動管理者等の違反を防止できなかった候補者等に当選無効・立候補制限という制裁を定めるが、候補者等が組織的選挙運動管理者等の違反を防止するための相当な注意を怠らなかった場合には、候補者等を免責し、連座制が適用されないものとする。右規定により候補者等に課せられる「相当な注意」は、社会通念上それだけの注意があれば、組織的選挙運動管理者等が、買収罪等の悪質な選挙犯罪を犯すことはないであろうと期待し得るものをいうと解される。

これを本件についてみると、前記1認定のとおり、被告は、具体的な金額は別として、島事務所に多額の陣中見舞金が届けられていることを知りながら、その時期、金額、使途、管理方法などについて特段の関心を払わず、その収支報告を求めたり、調査させるなどしたことはないというのである。このように、被告が、興居島での選挙運動をNら三名ほかの被告の熱心な支援者に任せきりにして、その行動を適切に指導、監督する態勢をとっていなかったところから、陣中見舞金を管理していたHにおいて、後日陣中見舞金等から補填を受けられるとの見通しの下に、二度にわたって合計一八〇万円もの金員を手元の金から一時立て替えてまで買収資金として用意し、本件刑事裁判におけるNら三名の選挙違反の事犯に用いることが可能になったものということができる。

被告は、本件選挙の選挙運動に関し、法律が厳しくなったことを指摘して、機会あるごとに選挙違反をしないよう注意をしたことはもとより、税理士の資格を有する長女田中久美を本部事務所に入れて、金銭の出入りの把握に留意したほか、Nら三名に対しても、くれぐれも違反をしないように注意していた旨主張し、これに沿う供述をするが、仮にそのとおりの注意を尽くしていたとしても、前記のとおり、興居島での選挙運動を地元の支援者に任せきりにして、適切な指導、監督をせず、島事務所に届けられる金銭(陣中見舞金)の管理を怠っていた(被告自身、法廷及び陳述書において、陣中見舞や当選祝いの現金がいくら集まったかやその管理の点はそれほど気にしていなかったことを自認している。)ことに照らすと、被告が相当の注意を払っていたとは到底認めることはできない。

3  なお、被告は、新連座制の周知が不徹底であったから、十分な周知が図られた場合と比較して、相当の注意義務の程度は緩やかなものになるべきである旨主張するが、前記認定のとおり、周知が不十分であったことを認めるに足りない。

4  したがって、抗弁4は理由がない。

七  結論

よって、原告の本件請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邊貢 裁判官豊永多門 裁判官奥田正昭)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例